和霊神社

祭神である山家清兵衛(やんべせえべえ)は、初代藩主伊達秀宗の元で産業振興など内政に尽力しましたが、お家騒動により暗殺されました。
その後この事件の関係者が相次いで変死したため、人々は清兵衛の怨霊だと恐れ、その霊を城北の地にまつったことが始まりです。
その後江戸時代中期から後期にかけて、産業の神として中国四国地方で崇められるようになりました(和霊信仰)。
神社正面の大鳥居は、石造りのものとしては日本一の大きさを誇るといわれています。