新田義貞の鎌倉攻めを実証した重要文化財「元弘の板碑」を展示

福寿山と号し、臨済宗大徳寺派に属している寺です。

開山は元和年間 (1615年から1624) 年であるといわれています。

国の重要文化財である「元弘の板碑」などの多数の板碑や、多くの考古・民俗資料を収集していたことから、かつては「ちらかし寺」の異名がありました。

現在は、昭和43年 (1968年)に 2階建ての「徳蔵寺板碑保存館」が設立され、これらの貴重な資料が一般の方にも公開されており、約170基の板碑に囲まれる体験は他では味わえません。

「元弘の板碑」は、「太平記」の記述を裏付けるように合戦の場所との討死者名が刻まれており、新田義貞の鎌倉攻めを実証した歴史資料です。

天明4年 (1784年) から文化13年 (1816年) 頃まで八国山にあったことが村絵図や地誌等に記されており、その後徳蔵寺境内に移され、守られてきました。

資料館では「元弘の板碑」の他、東村山市有形民俗文化財の比翼碑、獣脚付蔵骨器も見ることができます。