謀反の罪をきせられ非業の死を遂げた大津皇子の墓

大津皇子は、天武天皇の第3皇子に生まれましたが、あまりに勇敢で聡明な資質のため24歳で謀反の罪をきせられ、死罪になりました (7世紀)。
皇子の死を嘆き悲しんだ姉の大伯皇女 (おおくのひめみこ) が詠んだ「うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山(ふたかみやま)を 弟背(いろせ)と我が見む」という万葉集の歌は有名です。