長宗我部氏ゆかりの寺であり四国八十八ヶ所の札所

四国八十八ヶ所第33番の札所。
弘仁年間(810年~823年)に弘法大師の開基と伝えられている。
寺は一時衰退していたが、月峰和尚を住職として、長宗我部元親の保護下となり臨済宗妙心寺派に改めた。
元親の死後、子の盛親は父の菩提寺と定め、元親の法号『雪蹊怒三』に因み高福山雪蹊寺と改めた。
長宗我部元親の長男信親の墓がある。
また国の重要文化財に指定されている、仏師運慶作・子の湛慶作の仏像が保管されている。

四国八十八ヶ所第33番の札所。
弘仁年間(810年~823年)に弘法大師の開基と伝えられている。
寺は一時衰退していたが、月峰和尚を住職として、長宗我部元親の保護下となり臨済宗妙心寺派に改めた。
元親の死後、子の盛親は父の菩提寺と定め、元親の法号『雪蹊怒三』に因み高福山雪蹊寺と改めた。
長宗我部元親の長男信親の墓がある。
また国の重要文化財に指定されている、仏師運慶作・子の湛慶作の仏像が保管されている。