仏の世界とキリシタンの世界の狭間に決意を示した記念すべき多尊石仏

木代地区から亀岡街道を上る散策路にも走落神社や、禁裏御用の亥の子餅(応神天皇が猪により難を逃れた故事により、十月亥の日に宮中に献上の行事が明治時代まで続いた)の井戸や木代三位塚の地蔵摩崖仏、朝川寺等ゆっくり巡り、楽しめる所が沢山あるが、ここでは池田市に通じる旧余野街道を少しはずれた山道に佇む多尊石仏を紹介する。
1574年に安置されたこの摩崖仏には阿弥陀像の両脇と下段に計16体の地蔵像が並んでいる。
いずれも法名と思われる刻銘が彫られている。
生前に戒名をいただき、極楽浄土を仏に願ったものと言われている。
この1574年は右近が高槻城主となった年であり、仏の世界とキリシタンの世界の狭間に決意を示した石造と思われます。