白虎隊士飯沼貞雄 (貞吉) の墓
会津藩士 (福島県) の飯沼貞吉 (1854-1931) は、1868年戊辰戦争の際、白虎隊士として出陣するも飯盛山で同志と共に自刃、偶然救助され、ただ一人蘇生した。
後、白虎隊自刃の顛末を手記に残し、歴史の貴重な証言者となる。
1872年から電信技術者として九州から北海道にいたる全国の電信・電話網の架設に尽力した。
この間、1894~1895年に日清戦争に出征し、朝鮮半島の軍用電信架設を成功させた。
1897~1904年に仙台郵便局勤務、後、札幌郵便局を経て、1910年に仙台逓信管理局工務部長となり、以降仙台に住んだ。
1913年退官。1931年没。享年78歳。
飯沼貞吉の墓の右脇には、貞吉の出陣に際して母が詠んだ詩が書かれた石碑があります。
2013年9月 貞雄孫飯沼一浩 (かずひろ)、飯沼一宇 (かずいえ)、飯沼一元 (かずもと) 建立