横山黄木詩碑
自由民権運動家立志社での青年行動派高知商業高校の創始者。
横山黄木(おうぼく:1855年~1939年)、名は又吉(またきち)。
幼少の頃は無類の腕白であったが、学を志すや13歳で四書五経を読破。
二度の東京遊学で時代に目覚め、自由民権運動に加わる。
三大事件建白運動、保安条例発布抗議で「国家存亡のとき、法律の罪人となるも、退いて亡国の民たりえず」と自ら下獄。
憲法発布後、出獄して高知市役所の要職につき、高知商業高校の創立に奔走、請われて初代校長となり、独特の校風を確立した。
又、黄木の漢詩は高知県内外に著名であって、「黄木詩集」として残されている。
この詩碑は、黄木詩の門下「月波吟社」同人によって建てられたもので、碑の前面には、黄木の律詩が黄木の筆跡で刻まれている。
昭和13年(1938年)、黄木先生詩碑建設会及び高知市立商業学校交友有志により建立。
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