大町桂月記念碑
大町桂月(おおまちけいげつ:1869年~1925年)は高知市出身の文人。名は芳衛(よしえ)。
雅号桂月は月の名所桂浜に因(ちな)み、桂浜月下漁郎(けいひんげっかぎょろう)を縮めたもの。
明治29年(1896年)東大国文科卒。
在学中から能文をもって知られ、その文業は美文・韻文・随筆・紀行・評論・史伝・人生訓など多彩、著書200余冊。
漢文を骨格に和文の衣裳で練り上げられたその文章は平明自由、一世を風靡(ふうび)した。
終生酒と旅を愛し、酒仙とも山水開眼の士とも称された。
世俗を脱した奥深い感じを帯びた飄逸洒脱(ひょういつしゃだつ)の人格はその文章に色濃く映写されている。
小説以外の分野で桂月の文章ほど広くかつ長く愛読されたものはない。
この碑の背面に刻まれた「見よや見よ みな月のみのかつら浜 海のおもよりいづる月かげ」の歌は、大正7年(1918年)、38年ぶりに故郷の土を踏んだ桂月が、愛弟子の田中桃葉(とうよう)とこの桂浜に遊んだ折の作である。
昭和4年(1929年)4月、大町桂月先生記念碑建設会により建立。
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