浦戸城天守台跡
現在地は浦戸城詰ノ段北東隅に位置する、安土桃山時代の天守台跡である。
天守台跡は詰ノ段よりも7m高く、台形状で上部は東西11m、南北15m。
城八幡(しろはちまん:手前)と大山祗(おおやまつみ:奥)の二つの小さな祠がある。
天守台跡の斜面には石垣の名残と思われる石が露出しており、北側斜面は昭和33年(1958年)の展望台造成工事でその一部が削り取られている。
明治初期の松野尾章行(まつのおあきつら)著『皆山集(かいざんしゅう)』に掲げる「浦戸城古城略図」には「五間四方」の天守台跡が描かれ、近くからは丸瓦および鯱(しゃち)の破片が出土しており、瓦ぶき建物の存在が想定される。
これにより豊臣氏の下で、長宗我部氏が領国統括のための大規模な築城を行ったことがみてとれる。

2018年4月長宗我部浦戸城跡保存会 長宗我部顕彰会

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