旧梶山御殿
旧梶山御殿
梶山御殿は、江戸時代(1603–1867)に、玖島城の城内の一角に、大村家一族の第2の居所として建てられた。
梶山御殿は、大村藩第10代藩主である大村純昌(1786–1838)により建てられたものであり、大村家は、1871年に玖島城が取り壊された後も、この居所を維持することを許された。
現在の構造は、1915年から始まった1階建ての居宅となっている。
1868年、大村家は、戊辰戦争で徳川軍を相手に政府軍側で戦った。
政府軍側の勝利は、幕府の政治権力の終焉、天皇への主権の回復を示した。
明治維新で、大名家は、称号や領地を失い、玖島城などの多くの城が取り壊されたが、大政奉還を支援した旧大名家には褒美が与えられた。
大村家は、大日本帝国の新たな貴族階級の称号が与えられ、東京で居所を構えながら、梶山御殿を維持することを許された。
現在の構造は、居宅の当初の設計にしたがったものとなっており、茶室建築の閑寂に触発された、典型的な「数寄屋」造りとなっている。
畳が敷き付けられた部屋は、襖で仕切られており、居宅の片側に沿って、囲まれたベランダ(縁側)があり、大村湾を背にして景色の良い庭の眺めを楽しむことができる。
1963年、その管理が長崎県に移った。
梶山御殿は、現在教育施設として役目を務めており、一般公開はされていない。