玖島崎稲荷神社
玖島崎稲荷神社
朱色の鳥居のトンネルが、1480年から始まった玖嶋稲荷神社の入り口を示している。
領主大村純伊(生没年不詳)がライバルの有馬家との戦で領地を奪還後に帰還し、玖嶋稲荷神社が建立された。
玖嶋稲荷神社の神格は、米、農業、繁栄の神である稲荷となっている。
木造の神殿は朱色に塗られており、本社拝殿は、稲荷の神の使いと言われた狐の像2体により守られている。
玖嶋稲荷神社は、大村家の居所があった、玖島城の一番奥の本丸の中に建っている。
本丸内のもともとの構造物のほとんどは、1867年の徳川幕府による統治の終焉後まもなく、取り壊された。
大政奉還を受け、明治政府のもとで日本の近代化のプロセスが始まり、多くの城など、幕府の面影は取り壊された。