古代のロマンが息づく城柵遺跡
払田柵跡(ほったのさくあと)は、平安時代初期に造られたとされる日本の古代城柵遺跡で、政治的・軍事的拠点として、また儀式の場としての役割を果たしていたと考えられています。払田柵跡は1931年に秋田県内で初めて国の史跡に指定され、その歴史的価値が認められています。
払田柵跡は、広大な敷地を持ちその総面積は約87.8ヘクタールにも及びます。外柵(がいさく)と呼ばれる角材を並べた材木塀は、総延長約3.6キロメートルに達し、その壮大なスケールに圧倒されることでしょう。外柵南門や角材列などが復元されており、当時の姿を垣間見ることができます。
この遺跡は歴史書や古文書に関連記事がないため「幻の柵」とも呼ばれています。河辺府説や雄勝城説など、さまざまな説が存在し、未だにその正確な歴史的背景は解明されていません。しかし、年輪の研究から創建に使われた角材は延暦20年(801年)頃に伐採されたことが判明しており、この遺跡がほぼその頃に創建されたものであることがわかっています。
払田柵跡は、現在も発掘調査が続けられており、多くの謎を秘めた遺跡です。大仙市が主体となって遺跡の復元や環境整備を進めており、訪れる人々にその歴史的価値を伝えています。また、払田柵総合案内所では、払田柵跡の歴史を学べるアニメや出土品の展示などが行われており、訪れる人々にとって貴重な学びの場となっています。
また、払田柵跡では夏には平安行列を行う夏まつり「彩夏せんぼく」、冬にはミニかまくらにろうそくの灯りをともす「蝦夷ほたる」といったイベントが開催され多くの観光客に人気です。