イベント情報
【相撲コラム第四弾】~「横綱」「大関」昇進伝達式『口上』について~その1

そもそも「口上」とは?と調べてみると…口頭で意見や挨拶を述べること、またはその言葉や内容を意味します。
一般的には、公式な場での挨拶や、伝統芸能における観客への舞台挨拶などをさして使われます。
第一回コラムでもご紹介しましたが、大相撲の「横綱」・「大関」昇進に関しては、場所の3日後に開かれる番付編成会議と理事会で決まります。相撲協会審判部が横綱昇進を判断し、日本相撲協会の※諮問(しもん)機関である「横綱審議委員会」へ諮問します。
※「諮問」の意味:有識者や特定の機関に意見を求めること。諮問に対しての回答は答申(とうしん)といいます。
【相撲コラム第一弾】大相撲の最高位「横綱」と力士の順位「番付」について – Go Katsuragi | 葛城市公式観光サイト
下記の*~*部分について…参考文献として葛城市相撲館「けはや座」収蔵資料:(株)現代書館、(公・財)日本相撲協会 監修 金刺基 著『相撲大事典(2002年1月発行)』
*「横綱審議委員会」は…『横綱』の推薦および横綱に関する諸種の案件について、日本相撲協会の諮問に答申し、あるいは進言する機関。
昭和25年1月の春場所は、三横綱(照国、東富士、羽黒山)があいついで休場。5日目以降、横綱土俵入りが見られない事態となりました。「横綱」全員休場に批判の声が起こり、協会は5日目の夜、役員会を開き成績によって「大関」に降下させるという「横綱格下げ」を検討し、7日目の取締会で格下げを決定しました。
しかし、「横綱」には伝統と権威があることから、場所後の番付編成会議で格下げについて再度検討して、これを撤回し、代わりに「横綱」の推薦、格下げ、引退勧告を審議することになりました。
以上の経緯から、昭和25年5月に「横綱審議委員会」が設置されました。委員会は、理事長が委嘱する協会外の有識者の委員によって構成されました。<中略>横綱推挙の条件について「品格・力量が抜群で、二場所連続優勝か、それに準ずる好成績を残した大関力士とする」と、されますが、これは委員会の内規で相撲協会が定めるところではありません。*
*「昇進伝達式」とは…理事会と「番付編成会議」で、「横綱(大関)」の昇進が決まると、相撲協会からは、理事と一門の審判委員の二名が使者として力士の所属部屋に派遣され、推挙された旨を伝える儀式。「使者の口上」は、力士と師匠とで受け、力士が感謝の旨と今後の精進の決意を「口上」として述べて終わる形です。
上記にも掲載しましたが、「横綱(大関)」の推挙は、本場所終了後3日以内に行われる「番付編成会議」で推挙された後、理事会の満場一致の賛成で決まり、当日に発表され、「昇進伝達式」も当日に行われます。大関で、2場所連続で負け越して関脇に降下し、次場所10勝以上となった場合には、「番付編成会議」の当日から「大関」として扱われますが、使者派遣は行われません。*
実例では…2026年(令和8年七月・名古屋場所後)安青錦(あおにしき)に昇進伝達式はありませんでした。
『昇進伝達式(大関への昇進伝達式もあります)』では、力士が述べる「口上(こうじょう)」があり注目されています。(力士の「口上」とは…直接、言葉で用件や挨拶を述べること。)その話しぶりや口調のこと。内容は、「受諾の意思」「決意表明」「使者への御礼」です。「横綱(大関)」昇進時の「口上」は、力士が新しい地位を受ける際に自身での決意表明や所信表明そして力士の覚悟や品格を表現する場となります。
◇横綱昇進の流れ

◇昇進伝達式の「口上」エピソード
日本相撲協会からの使者が派遣され「(昇進に関する)口上」を言い、力士が「謹んでお受けいたします」と返答し、「(昇進を受けるにあたり)口上」のコメントを述べるという流れになっています。
力士からの「口上」は、力士が「新・横綱(新・大関)」としての地位を汚さぬよう更に稽古に精進し、向上心を持って取り組む決意を述べるものです。
日本相撲協会によりますと、昭和40年代頃に伝達式の口上が今のようにな形になりました。初代・若乃花(当時「若ノ花」1955年10月)は「ありがたくお受けします」、大鵬(1960年11月)は「喜んでお受けします、これからも頑張ります」と丁寧であり且つシンプルな言葉でした。1981年千代の富士、1983年朝潮の「口上」では、「一生懸命」という四文字熟語が入りました。横綱・大関昇進時の「口上」は、力士が新しい地位を受ける際に自身での決意表明や所信表明そして力士の覚悟や品格を表現する場となっています。
※下記は、第75代横綱 大の里の横綱伝達式における力士の口上を動画で観ることができます。出典:「第75代横綱の誕生!大の里・横綱昇進伝達式ダイジェスト・SUMO」/日本相撲協会
各場所後に、力士の番付で話題になるのが昇格力士です。特に「横綱」へ!「大関」へ!上位の番付への昇格時には、「口上」時の言葉や四文字熟語(意味)などが取り上げられ、注目が集まっています。まずは「横綱」への昇進伝達式で話題になった言葉をピックアップします。
◇横綱昇進について
『横綱』の由来については諸説ありますが、日本相撲協会が公認する横綱は初代「明石志賀之助」から現役の75代「大の里泰輝」まで75名です。
史実としての「横綱」は、肥後細川藩の家臣:吉田司家が創作した地位と考えられます。寛政元年(1789年)に吉田司家が東西の関脇「谷風」・「小野川」に『横綱』の免許を与えたことが『相撲隠雲解』などの文献や相撲絵で確認されています。当時は余興の演出の一つとしての意味合いが強く、地位ではなく称号でありました。
明治42年6月に旧両国国技館建立の際、規約の改正により、『横綱』は、力士の最高位として明文化されました。
『横綱』は、力量が抜群、成績優秀と品格が必要とされています。「横綱」への昇進の目安は、「大関の地位で二場所連続の優勝か、それに準ずる成績」とされています。連続優勝を果たさなくても横綱に昇進することがあります。年6場所制(昭和33年)になって以降、「大関」で2場所連続優勝をして、「横綱」へ昇進した力士は、「大鵬」(昭和36年9月・11月)、「北の富士」、(昭和44年11月・昭和45年1月)、「琴櫻」(昭和47年11月・昭和48年1月)の3人のみです。平成になりますと、昇進基準が厳しくなり、63代「旭富士」から70代「日馬富士」まで全員が2場所連続優勝で昇進しています。最近では、大関昇進目安レベルといわれている33勝で『横綱』昇進が決まった「豊昇龍」の例があります。その他、優勝を逃したとしても優勝に準ずる成績を残せば、昇進の可能性もあります。個人優勝制度が始まった明治42年以降、大関以下の地位での優勝経験がなく横綱に昇進したのは30代横綱「(3代目)西ノ海」、38代横綱「照国」で「西ノ海」、「照国」は昇進後優勝していますが、1987年(昭和62年)に横綱昇進した第60代横綱「双羽黒」(直近2場所は26勝4敗)は唯一優勝経験のない横綱です。
<参考>下記は「大関」で連続優勝後「横綱」昇進力士
第22代 太刀山(明治43年6月・明治44年2月)
第27代 栃木山(大正6年5月・大正7年1月)
第35代 双葉山(昭和12年1月・5月)
第44代 栃錦(昭和29年5月・9月)
第48代 大鵬(昭和36年7月・9月)
第52代 北の富士(昭和44年11月・昭和45年1月)
第53代 琴櫻(昭和47年11月・48年1月)
第63代 旭富士(平成2年5月・7月)
第64代 曙(平成4年11月・1993年1月)
第65代 貴乃花(平成6年9月・11月)
第66代 若乃花(平成10年3月5月)
第67代 武蔵丸(平成11年3月・5月)
第68代 朝青龍(平成14年11月・平成15年1月)
第69代 白鵬(平成19年5月・7月)
第70代 日馬富士(平成24年7月・9月)
第75代 大の里(令和7年3月・5月)
◇横綱昇進時の「口上」内の四字熟語
下記の表は、「横綱昇進が決まった力士」の口上で四文字熟語が使われたものをピックアップ!
| 第○代横綱昇進 力士名 | 西暦年(和歴年) | 口上で使用した 四字熟語 | 四字熟語の意味 |
| 第58代 千代の富士 貢 (ちよのふじ みつぐ) | 1981年 (昭和56年) | 一生懸命 | 全力を尽くして真剣に物事に打ち込み、取り組む様子を表す言葉。 |
| 第61代 北勝海 信芳 (ほくとうみ のぶよし) | 1987年 (昭和62年) | 一生懸命 | 全力を尽くして真剣に物事に打ち込み、取り組む様子を表す言葉。 |
| 第62代 大乃国 康 (おおのくに やすし) | 1987年 (昭和62年) | 一生懸命 | 全力を尽くして真剣に物事に打ち込み、取り組む様子を表す言葉。 |
| 第65代 貴乃花 光司 (たかのはな こうじ) | 1994年 (平成6年) | 不惜身命 (ふしゃくしんみょう) | 自分の身をかえりみないで物事にあたること。 |
| 第66代 若乃花 勝 (わかのはな まさる) | 1998年 (平成10年) | 堅忍不抜 (けんにんふばつ) | 意思、節操が堅く、つらいこともにも耐え、心を動かさないこと。 |
| 第68代 朝青龍 明徳 (あさしょうりゅう あきのり) | 2003年 (平成15年) | 一生懸命 | 全力を尽くして真剣に物事に打ち込み、取り組む様子を表す言葉。 |
| 第69代 白鵬 翔 (はくほう しょう) | 2007年 (平成19年) | 精神一到 (せいしんいっとう) | 精神を集中して事に当たれば、どんなことでも成し遂げられる。 |
| 第70代 日馬富士 公平 (はるまふじ こうへい) | 2012年 (平成24年) | 全身全霊 | 体(体力)と心(精神力)の全力を注ぎ込むこと。 |
| 第71代 鶴竜 力三郎 (かくりゅう りきさぶろう) | 2014年 (平成26年) | 一生懸命 | 全力を尽くして真剣に物事に打ち込み、取り組む様子を表す言葉。 |
| 第74代 豊昇龍 智勝 (ほうしょうりゅう ともかつ) | 2025年 (令和7年) | 気魄一閃 | 何ものにも屈せず力強くまっすぐ突き進む精神力を、周囲に閃くような光を放つこと。 |
| 第75代 大の里 泰輝 (おおのさと だいき) | 2025年 (令和7年) | 唯一無二 | この世にたった一つだけのもの、代わりがないこと。 |
大関、横綱へ昇進が決まった際の「口上」で四字熟語が使われ出したのは、若貴ブーム(社会現象となった「若貴ブーム」とは…大横綱千代の富士が君臨していた大相撲界に、新風を吹かせたのが若花田→後の若乃花と貴花田→後の貴乃花の兄弟力士の活躍でした。兄弟の父は元大関:貴ノ花。期待を背負い!期待にこたえる!形で、日本中を熱狂させました!)だったと言われています。四字熟語だけではなく、他に「心技体」「相撲道」「大関or横綱の名に恥じぬよう」「精進」などは、昔から使われて参りました。例えば、横綱「大の里」の師匠:二所ノ関親方(元横綱 稀勢の里)は、大関へ昇進した時の「口上」は「大関の名を汚さぬよう精進します」、横綱昇進伝達式では「横綱の名に恥じぬよう、精進いたします」でした。
今回のコラムでは「横綱」への昇進伝達式の『口上』を取り上げました。タイムリーにも、令和8年9月場所は横綱「大の里」が大関「安青錦」を破り優勝しました。今一度「大の里」の昇進伝達式の映像を見ていただくことで、更に横綱という地位の重さを感じていただけることでしょう。次の新横綱誕生に期待しつつ、昇進伝達時の『口上』には、どんな想いのこもった言葉が発せられるのか楽しみに待ちましょう!
次回は~「横綱」「大関」昇進伝達式『口上』について~その2として「大関」へ!の昇進伝達式の『口上』を取り上げます。お楽しみに!
◆これまでの「相撲コラム」第1弾、第2弾、第3弾は下記をクリックください!
【相撲コラム第一弾】大相撲の最高位「横綱」と力士の順位「番付」について – Go Katsuragi | 葛城市公式観光サイト
guidoor.jp/katsuragi-city/news/sumo-column-1-yokozuna-banzuke/
【相撲コラム第二弾】力士の番付「序ノ口(じょのくち)」から「大関(おおぜき)」まで – Go Katsuragi | 葛城市公式観光サイト
guidoor.jp/katsuragi-city/news/sumo-column-2/
【相撲コラム第三弾】相撲の技(すもうのわざ)・決まり手(きまりて) – Go Katsuragi | 葛城市公式観光サイト
guidoor.jp/katsuragi-city/news/sumo-column-3/
.png)



