癌封じ寺として信仰を集めているお寺

貞観14年(874年)、文徳天皇の第一皇子惟喬(これたか)親王が皇位継承に敗れて出家、建立(寺伝)。 名を梁覚(りょうかく)と改めて諸国行脚の旅に出て、この地を訪れた際、村人たちに癌封じの秘法を伝授したという伝説にちなんで癌封じ寺として信仰を集めています。
向かいにあるお椀を伏せたような山は出野城のあった所。
現在の氏神社となっており、和知全半が一望できます。