国宝に指定されている数々の埋葬品が出土した古墳

1985年、未盗掘の状態で発掘され、豪華な副葬品が多数出土し、話題を呼びました。
また、成人男性2人が合葬されていたことから、被葬者をめぐって論争が起きています。
法隆寺に残る記録では、藤ノ木古墳のことを「ミササキ」「ミササキ山」と記されていたことから、崇峻天皇陵であるという説や、史実と築造時期から、穴穂部皇子や宅部皇子との説など、さまざまの説が出ていますが、未だ決着していません。
しかし、被葬者は聖徳太子の身近な人…と信じた地元の人たちに大切に守られ、稀に見る歴史的大発見となりました。
石室は通常は公開していませんが、春と秋に特別公開が行われています。