鎌倉の中心、大石段上から若宮大路を一望

平安時代、東北平定を果たした源頼義は、その帰路、鎌倉由井郷に源氏の氏神である石清水八幡宮を勧請しました。
それから約120年後の1180(治承4)年、頼義の子孫にあたる源頼朝が鎌倉に入ってきた際に現在の場所に遷し、1191(建久2)年には、今日に続く上下両宮の姿となりました。
頼朝の死後、執権を務めた北条氏をはじめ、足利氏や豊臣秀吉・徳川氏などの時の最高権力者も御社殿の修理に努めました。
時代を問わず篤い崇敬を受けている鎌倉のシンボル的存在です。