昭和初期を代表する吊橋

関東大震災後の震災復興事業として計画された橋で、国の重要文化財に指定されています。
ドイツのケルンにあった吊橋をモデルにしています。
重厚でたくましいイメージの永代橋に対し、優美な形状をしています。
清洲という名称は、建設当時の両岸にあった日本橋区中洲町と深川区清住町を結んでいることからつけられました。