迫力満点な芝居小屋

明治33年ごろ、赤岡町の旦那衆がお金を出し合い、芝居小屋を造ったのが「弁天座」のはじまりです。
当時は毎日のように大衆演劇や映画などが興業され、芝居がはねた後は、人の波が絶えませんでした。
しかし、時代の流れには逆らえず、しだいに客足は遠のき、惜しまれながら閉館。
ふたたび平成の世に、装いも新たに誕生しました。
廻り舞台、12m花道、升席などを構えた本格的な芝居小屋。
絵金歌舞伎の上演をはじめ、地域や世代を超えた文化交流拠点です。