다코지조 덴쇼지 절

蛸地蔵縁起によれば、天正年間(1573~92)、岸和田城は根来・雑賀衆に攻められ、落城寸前であった。
その時、大蛸に乗った一人の法師と数千の蛸がどこからともなく現われ、凄まじい勢いで敵兵をなぎ倒し、城の危機を救った。
その数日後、城の堀から矢傷・玉傷を無数に負った地蔵が発見され、城内に大切に収められた。
文禄年間(1592~96)からは、天性寺内にある日本一大きな地蔵堂に移され、今に至る。

蛸地蔵縁起によれば、天正年間(1573~92)、岸和田城は根来・雑賀衆に攻められ、落城寸前であった。
その時、大蛸に乗った一人の法師と数千の蛸がどこからともなく現われ、凄まじい勢いで敵兵をなぎ倒し、城の危機を救った。
その数日後、城の堀から矢傷・玉傷を無数に負った地蔵が発見され、城内に大切に収められた。
文禄年間(1592~96)からは、天性寺内にある日本一大きな地蔵堂に移され、今に至る。