南北300mにわたって築かれた中世の山城

平群町東部にある矢田丘陵の稜線上に東西150m、南北300mにわたって築かれた中世の山城で、曲輪が尾根上に連続する「連郭敷山城」の特徴を備えています。
多くの曲輪や堀切、土塁等の城郭意向が残されており、歴史資源としても貴重な存在です。
史料が少なく、城の歴史や城主については諸説が存在しますが、石田三成に三顧の礼をもって懇願され、軍師として活躍した「嶋左近」も居城としたとされています。

平群町東部にある矢田丘陵の稜線上に東西150m、南北300mにわたって築かれた中世の山城で、曲輪が尾根上に連続する「連郭敷山城」の特徴を備えています。
多くの曲輪や堀切、土塁等の城郭意向が残されており、歴史資源としても貴重な存在です。
史料が少なく、城の歴史や城主については諸説が存在しますが、石田三成に三顧の礼をもって懇願され、軍師として活躍した「嶋左近」も居城としたとされています。