桝形表門の手前の右側には「枡形(ますがた)」と呼ばれる四角形の広場があります。
桝形とは、一般には戦国時代の城に作られた防御と出撃に備えた広場のことで、江川邸の場合、代官が外出する際この広場で人員を揃えました。
江川英龍は外国からの侵略に備え、地元の農民たちを集めて「民兵」を組織し、この広場で訓練したといわれています。