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【相撲コラム第二弾】 力士の番付「序ノ口(じょのくち)」から「大関(おおぜき)」まで

大相撲を観戦するときに気になるのが、番付の上はどちらの力士なのか?ということ。第一弾でご紹介した「番付」と「横綱」を今一度読んでいただき今回のコラムをお読みいただけましたら、大相撲の力士の対戦・観戦がより楽しくなるはずです。あなたの推し力士・お気に入り力士の歩みを知る切っ掛けの一助になれば幸いです。

~「序ノ口(じょのくち)」「序二段(じょにだん)」「三段目(さんだんめ)」「幕下(まくした)」~
◇『序ノ口』
番付の最下位の地位で、番付に力士名が記載され、前場所に初土俵を踏んだ力士がスタートする地位です(一部、例外あり)。番付表では、細く小さい文字で書かれており、通称「虫メガネ(虫メガネが必要なのではないかと思うくらいの小ささであることから)」と呼ばれています。
「まだまだ序ノ口」という慣用句は、相撲の『序ノ口』から、まだまだ始めたばかりで本格的ではない!程度が低い!という意味で使われます。『序ノ口』は特に定員が決められておらず、人数は各場所によって異なります。
『序ノ口』の優勝賞金は10万円です。ケガなどで全休となってしまうと番付から名前が消えてしまいます。再び前相撲からのやり直しになってしまいます。
◇『序二段』
番付表の下から2段目に書かれる力士のこと。
上から数えたら4段目であるため、江戸時代には「四段目」と呼ばれていたそうです。『序二段』も定員は決められておらず、人数は場所毎に変動しています。定員の決まっている『三段目』以上の人数に入らなかった力士を『序二段』と『序ノ口』とで分け合っています。『序二段』での優勝賞金は20万円となっています。
※序二段と序ノ口の待遇の違いは、場所手当の金額以外では、序ノ口とほとんど変わりません。
◇『三段目』
「番付」下位の『序ノ口』『序二段』に続き下から3番目。
番付表の上から3つ目の段に『三段目』に、その位の四股名が書かれていることに由来しています。定員は東西80枚の計160人(2025年1月場所から)。ただし三段目付出(つけだし…学生・アマチュア時代に優秀な成績を収めた新弟子を優遇する制度、「付け出し」や「附出」と表記することもあります)の力士はこれに含めません。従来1984年1月場所から2022年3月場所までは、東西100枚の計200人でしたが、力士数の減少で2025年1月年からは東西80枚の計160人に削減されました。優勝賞金は30万円。
三段目には、初土俵から最速3場所(番付外、序ノ口、序二段を各1場所)で昇進することが可能です。現在番付編成の傾向をみると、以下の成績を上げれば翌場所の三段目昇進は確実とされます。7戦全勝では、優勝の有無を問わず無条件で昇進。
『序ノ口』への陥落についてはさらに流動的で、特に翌場所に大量の新弟子が『序ノ口』に登場する5月場所は、『序二段』で負け越しても、『序二段』下位で全敗あるいは全休でもしない限り陥落せず、逆に『序ノ口』で負け越した力士までが新弟子に押し上げられる形で『序二段』に昇進するケースも過去にはありました。
◇『幕下(まくした)』
『幕下』は、『十両』より下で『三段目』よりも上の階級を「幕下二段目」といい、これを略して『幕下』といいます。幕下筆頭と十両十四枚目の待遇は雲泥の差があり、その昔「一枚違えば虫けら同然」とよく言われたものでした。
~関取(せきとり)の番付『十両(じゅうりょう)』『幕内(まくのうち)』~
◇『十両(十枚目)』
正式名称は「十枚目」といいます。『十両』に昇進すれば『関取』と呼ばれ、「一人前の力士」としての待遇が得られます。「〇〇関(ぜき)」と紹介されているのは『十両』以上の力士が該当します。通称の『十両』は幕末から明治初期にかけて幕下の上位十枚目までの力士に給金十両を与えたことに由来します。「十枚目2枚目」のように分かりにくいということから、当時の称号にちなんで「十枚目」は『十両』の名で呼ばれるようになりました。
『関取』の語源には諸説あります。一説には、最後の取組を行う一番強い力士のことを「関を取る」、「関の相撲」といわれ、これが語源と言われています。また、天覧相撲・上覧相撲の際に、勝ち続けて褒美をもらうことを「関」を取る!といわれ、強豪力士は「関取」と呼ばれていたようです。江戸時代には「関取千両幟」などと題された相撲関係の書類や芝居が演じられるなど当時から「関取」という言葉が一般的に定着していたことが推測されます。
◇幕内(前頭:まえがしら)
「幕内」とは横綱から幕尻力士の地位の総称で、番付の最上位段に記載され、最高位の『横綱』と『大関』『関脇』『小結』の三役、「平幕」に分れます。「幕の内」とも書き「まくうち」または「まくのうち」と読みます。NHK大相撲中継では、「幕内」と書いて「まくのうち」と読むように統一されています。表記に関しても「幕内力士」「幕の内力士」と両方使われています。ここでは「幕内」と表記します。
『前頭』の語源は、江戸時代の前相撲に対して「頭(かしら)」と呼ばれていたからだといわれて、番付に記載された力士は全て『前頭』です。役についていない「幕内力士」という意味で「平幕(ひらまく)」と呼ばれることもあります。「幕内」の語源として上覧相撲(将軍・大名家御前相撲)の際に上位の力士が幔幕(まんまく:囲い幕)の内に入ることを許されたとする説があります。「幕内力士」の定員は42名と決められていますので、『横綱』と三役(『大関』『関脇』『小結」』)の人数によって変わるからです。
~小結(こむすび)、関脇(せきわけ)、大関(おおぜき)~
◇三役について
三役とは『大関』『関脇』『小結』を総称して三役と呼ばれ、『横綱』を三役とは別格にしています。千秋楽の三役そろい踏みでは『横綱』も登場しますが、明治42年に『大関』からかけはなして『横綱』が力士の最高位となるまでは『大関』が最高位であり、三役とは『小結』以上を意味しました。力士の待遇面では『大関』を除いた『関脇』『小結』を三役とする場合があります。
◇『小結』
『小結』は、関脇に次ぐ四番目の階級順位になります。『関脇』と同様、『小結』も原則として東西2名(東西1名以上)が必要となります。昇進のための規定などはなく、通常は前の場所での成績により昇進できます。負け越せば原則、降格となります。
◇『関脇』
『関脇』とは、横綱、大関に次ぎ三番目の階級順位になります。「番付」には東西に必ず1名以上が必要です。『関脇』への昇進も小結同様に前の場所での成績により昇進、負けこせば原則、降格となります。
◇『大関』
『大関』とは、明治42年まで力士の最高位であり、「関取」の中で最高位で「大」の字をつけて敬意を表しました。『大関』の昇進は、『関脇』で勝ちこしても、すぐに昇進できません。直前33勝が目安となりますが、過去には28勝で昇進した「北の富士」の例があります。
『大関』には、角番(かどばん)という言葉があります。本場所で2場所連続負け越した場合に『関脇』の地位に降格する決まりになっています。1場所目に負けこした翌場所が「角番」といわれます。その場所で勝ち越せば「角番脱出」となりますが、負け越せば『大関』から『関脇』へ降格となります。ただし降格した場所で10勝以上で翌場所に再び『大関』に復帰できます。
令和8年3月(大阪・春)場所で12勝3敗という成績で3度目の優勝を果たした「霧島(きりしま)」。2年ぶりの大関復帰です。霧島は伝達式で「謹んでお受けいたします。さらなる高みを目指して一生懸命努力します。」と口上を述べました。
⁂「相撲コラム第二弾」結びにあたり

※写真は、令和8(2026)年2月23日に葛城市相撲館を訪れた「炎鵬」関
番付を上げたと言えば・・・「炎鵬(えんほう)」の名前があがるでしょう!令和8年(2026)5月(夏)場所の十両への昇進力士は4名(新十両は「大花竜(おおかりゅう)」、再十両は「栃大海(とちたいかい)」「白鷹山(はくようざん)」「炎鵬」)と発表されています。その一人、元幕内「炎鵬」は令和5(2023)年夏場所で首を痛めて途中休場。脊髄損傷の重傷で6場所連続休場し、その後「序ノ口」から復帰し、徐々に番付を上げていきました。大きな話題として、昭和以降でこのような(幕内経験者が、序ノ口まで番付を落とし、再度、関取に復帰する)再昇格は初めてとなります。相撲館「けはや座」に訪れた際は「幕内復帰できるよう稽古しています」と調子の良さを感じさせる笑顔でした。
番付を上げたり、下げたりした力士たちにも注目ください!
<参考資料>
日本相撲協会公式サイト<https://www.sumo.or.jp>
葛城市相撲館「けはや座」内資料
<葛城市相撲館「けはや座」企画展『郷土力士展』開催について>
奈良県出身力士(関取)を深掘りして、関連資料を様々なエピソードを加えて紹介します。常設展の「奈良県出身力士」コーナーと共にお楽しみください!
開催期間:令和8(2026)年 4月24日(金)~7月31日(金)10:00~17:00
費 用 :大人(高校生以上)300円、子ども(小学生・中学生)150円、乳幼児(小学生未満)無料
お問い合わせ:相撲館「けはや座」TEL0745-44-5105
〜葛城市相撲館「けはや座」 企画展 「郷土力士展」のご案内〜

相撲館企画展「郷土力士展」✽開催期間:令和8(2026)年7月31日(金)まで
内容は・・・
現在、奈良県出身の力士が活躍することを願って開かれているのが企画展「郷土力士展」です。
日本相撲協会が公認する奈良県出身で関取まで昇進した力士は、15名。

江戸時代の「虹ヶ嶽 杣右エ門(にじがたけ そまえもん)」から、令和6年に引退した「琴裕将 由拡(ことゆうしょう よしひろ)」まで!

地元、葛城市出身の「鶴ヶ濵 増太郎(つるがはま ますたろう)」は、東京相撲の大正12年1月場所において平幕で優勝を飾りました🏆️。
当時「鶴ヶ濵」が使用した化粧まわしには、2羽の鶴が刺繍されています。

昭和の初期に相撲協会から独立した関西角力協会(大日本関西角力協会※1933年から1937年まで存在した日本のプロ相撲団体)最後の場所で優勝した田原本町出身「大和錦 幸男(やまとにしき ゆきお)」の優勝盾やトロフィー、化粧まわしなども展示されています。

そして、令和2年の初場所で幕尻から優勝を果たした奈良市出身の「德勝龍 誠(とくしょうりゅう まこと)」
優勝記念で製作された‘’だるま‘’や同時受賞した殊勲賞のトロフィーなども展示されています。

葛󠄀城市相撲館「けはや座」の企画展「郷土力士展」は、7月31日まで開催です!お誘い合わせの上ご来館ください。
《お問合せ》
葛󠄀城市 相撲館「けはや座」
☎0745-48-4611(10時〜17時営業、火·水曜日定休日)




