領地奪還を祝った押し寿司

大村家を象徴する寿司は、大村家の藩主が数年の追放後に勝利して当藩に帰還したときに遡ると言われている。
大村寿司は、15世紀から始まった「押し寿司」である。

地元の言い伝えによると、1480年に、領主大村純伊(生没年不詳)が、戦で大村藩の領地を奪還後に帰還したことを祝うために供したことが始まりだった。
純伊は、これより7年前に、島原半島と現在の佐賀県の一部を支配していた有馬家に敗れていた。
大村藩の人々は待望であった藩主の勝利を祝いたかったが、その帰還の速さに不意を突かれたということらしい。
帰還した兵士らに供する食器が足りなかったので、機略に優れた地元の人々は、浅い木箱を使って、これにご飯を敷き詰め、具を層状に重ねたものを供し、これを差し出した。

大村寿司とは、通常、甘く味付けした醤油で料理した、細かく刻んだ椎茸、人参、ごぼう、蓮根などの具材を、2層となったご飯の間に挟んだものである。
大村寿司の上には、ピンクや緑色の「蒲鉾」(魚のすり身の一種)を薄く切ったものや、錦糸卵がのっていることが多い。
大村寿司は、大村公園内の梅ヶ枝荘をはじめ、大村や長崎県のいたるところで供されている。