画家・東島毅の個展「そらにいく — Painting Paradiso」が、群馬県高崎市の現代美術ギャラリー・rin art associationにて2026年6月7日(日)から8月9日(日)まで開催される。
30年来のテーマ「曖昧な美徳」を軸に展開する本展では、ギャラリーの3フロア構造を活かした垂直的な動線が設計され、鑑賞者は1階から3階へと上るにつれ、絵画が地から空へと移行する体験へと誘われる。入館料は無料。

東島毅が30年来の制作テーマとして掲げる「曖昧な美徳」は、「美」そのものとは区別される概念だ。「美」が価値の定まった状態を示すとすれば、「美徳」とは揺れ動く心の有り様——つまり、ある瞬間に何かを美しいと感じるに至る、内側の動きそのものを指している。東島の絵画はその動きを固定するのではなく、鑑賞者それぞれの意識と向き合うことで化学変化が生じる余地を残している。
作品の読み方を一義的に指示しない。そのことは、現代美術における一つの誠実な態度として捉えることができる。「美とはこうだ」という断言を手放すとき、鑑賞者は自分自身の感受性と正面から向き合うことになる。東島はそのような場を絵画によって設けようとしている。
本展で東島が用いる「心を仮固定」という言葉も、この文脈で読むと示唆的だ。何かを観察するとき、人は意識的にせよ無意識にせよ、頭の動きをわずかに止める瞬間がある。その静止の中でこそ、自分の内側に起きている変化が際立つ。絵画はその触媒として機能し得る。
身体と空間の対峙から生まれ、刹那的な空気を描くことで場と時の記憶を内包するという東島の作品は、時間を交差させながら螺旋状に展開していく。それは単なる様式の特徴ではなく、「美は固定されない」という東島の根幹にある認識が、絵画の構造そのものに反映されている。3フロアを貫く垂直の動線は、その認識を空間体験として立体化したものといえる。

東島は[曖昧な美徳]をテーマとして絵画制作を行っています。[美]と異なり[美德]とは揺れ動く心の有り様を表します。
絵画は状況によって変わりゆく心を表す鏡として機能します。美的価値観は歴史が証明するようにその時々の環境と、そこに存在する人の意識により変化していきます。
心を仮固定にすることで、人は自身の意識の中で起こる変化を敏感に察知することができ、新たな[美]を創出することが可能になります。
東島の絵画は身体と空間の対峙から生まれ、変わりゆく刹那的な空気を描くことで作品には場と時の記憶が宿ります。
それらの絵画は時間を交差させながら螺旋を辿るように展開していきます。
刹那的でありながら、東島の作品には幾年もの記憶や感情が内包され、鑑賞者の意識と同調していくことで、[美]とは移ろいゆくものであることを認識させます。
今展では、3フロアのギャラリースペースの構造を用いて鑑賞者を空に誘う垂直の旅を演出します。
1階に立つのは、Guardian Spirit——守護する精神としての絵画は重力と身体の格闘から生まれ、その痕跡を刻んだ大作が空間を占有します。
2階に展示される作品は、色彩の中に光が滲み、その向こうに何かが見えるような気配が漂います。そして空間のどこかに、一本の糸が現れます。それは蜘蛛の糸か、雲の糸か。あるいは空へと続く階段か。救済なのか、問いかけか。
そして、3階の自然光の中の絵画は重力を完全に手放し、空へと解放されていきます。
階を上るごとに絵画は地から空へと移行し、やがて「描かれたもの」から「存在する状態」へと変容します。
東島は”その場所こそが、Painting Paradisoである。”と言います。
アーティストプロフィール

東島毅 Tsuyoshi Higashijima
1960、佐賀県武雄市生まれ。岡山市在住。
東島作品の特徴は、観者を包み込むような大画面、濃紺や銀色基調とした重層的で深淵な色彩、また落書きのような言葉や記号などに見られる身体性にあります。作家の身ぶりから生まれ、形象となって立ち現れるイメージは書を想起させ、自らがアクチュアルに感じとった光や空気のゆらめき、地を這う水、空と地表など、作家の思考を経たリアリティとして存在します。同時に、絵画、場所、観者との関係性も提示しています。
30年来のテーマである「曖昧な美徳」は、姿形の定まらない無常の一瞬の現れを、絵画として定着することに恩寵がある、と考える作家の思惟を表す言葉です。近年では、不確実な生の様相など東洋的な風土や感性をマテリアルの肌理や細部に潜在させ、その現象をありのままに受け入れる絵画を構築しています。














東島毅「そらにいく — Painting Paradiso」
(群馬県高崎市岩押町5-24 マクロビル)